大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1559号 判決 1960年12月15日
控訴人 松本十郎
被控訴人 福永清子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実の主張及び証拠は、次に記載するほか原判決の事実摘示と同一であるから、それを引用する。
控訴代理人は、
一、本件建物は登記上控訴人個人の所有名義である。
二、本件抵当権設定当時まだ本件建物が建設されていなかつたとしても、訴外中村シンは本件土地上に、家屋番号平野鳥居前町四番木造瓦葺二階建居宅建坪一〇坪二合ほか二階坪一〇坪二合の建物(以下旧建物という)を所有しており、訴外株式会社関西相互銀行に対し本件土地と旧建物の双方に抵当権を設定したものであつて、その後中村は旧建物を取毀してそのあとに本件建物を再建築したのである。したがつて本件建物は抵当権設定当時に存在した旧建物と同一にみなすべきであり、本件土地の競売の場合につき法定地上権をもつて土地所有者に対抗できるから、被控訴人は本件建物の収去土地明渡を求めることはできない、
と述べ、被控訴代理人は、右二、の控訴人の主張につき、
抵当権設定当時本件土地上に訴外中村シン所有の旧建物が存在し、中村は関西相互銀行に対し本件土地と旧建物の双方に抵当権設定したこと、その後旧建物は取毀されそのあとに本件建物が建築されたことは認めるが、その余の事実は否認する、
と述べた。
証拠として新たに、控訴代理人は、乙第三号証、第四号証の一ないし三を提出し、証人堀豊太郎、西谷牧大郎及び控訴本人(当審)の各供述を援用し、甲第四、五号証の成立を認め、被控訴代理人は、甲第四、五号証を提出し、前掲乙号各証の成立を認め、乙第四号証の三を援用した。
理由
本件土地はもと訴外中村シンの所有であつたところ、中村は昭和二八年九月二四日訴外株式会社関西相互銀行に対し抵当権を設定し、同年一〇月三日その登記をしたこと、右訴外銀行の抵当権の実行にもとづき、昭和二九年六月一九日競売手続開始決定があり、本件土地は同三二年七月三〇日被控訴人に競落許可決定され、同年八月二九日被控訴人に所有権移転登記がなされたことは当事者間に争がなく、その地上に本件建物が存することは控訴人の明かに争わないところである。
まず控訴人は、本件建物は控訴人の所有でなく学校法人平野幼稚園の所有であると主張するけれども、この建物が登記上控訴人個人の所有名義であることは同人の自認するところであり、これに成立に争のない乙第一号証、証人林仙太郎及び控訴本人(当審)の各供述をあわせ考えれば、本件建物は控訴人の所有であると認定するほかはないので、この主張は採用できない。
次に、控訴人は、昭和二九年一二月に本件建物を中村シンから買受けたさい、本件土地に地上権の設定を受けたと主張するが、右日時はすでに中村が関西相互銀行に対し抵当権を設定しその登記をしたのちであるから、これをもつてその抵当権の実行による競落人たる被控訴人に対抗しうるものではなく、またかかる地上権設定を認めるべきなんらの立証もないので、この主張も採用できない。
そこで、控訴人の法定地上権の主張について判断する。まず、前記抵当権設定当時すでに本件建物が存在したことを前提とする法定地上権の主張についてはこれを認めるに足る証拠はなく、かえつて成立に争のない乙第三号証、甲第三、四号証によれば、抵当権設定当時本件建物はまだ存在しなかつたことが認められるので、この抗弁は採用できない。次に、抵当権設定当時本件土地上に旧建物が存在したことを前提とする法定地上権の主張について考察する。本件土地と、その地上に存した旧建物がともに以前中村シンの所有であり、中村はこの土地及び建物の双方に関西相互銀行のため抵当権を設定したこと、その後旧建物が取毀され、そのあとに本件建物が建築されたことは当事者間に争がない。ところで、所有者を同じくする土地とその地上建物の双方に抵当権が設定されたのち、土地のみが競落により第三者の所有に帰した場合、建物につき抵当権を設定したものとみなされること、また、抵当権設定後建物の所有者に変動があつた場合も同様であること民法第三八八条の解釈上疑を容れない。しかしてまた、本件のように抵当権設定当時の地上建物が取毀され再建築が行われたときも、場合によつては本条の適用があり、この場合旧建物が存在したとすれば認められるべき範囲において新築建物のために法定地上権が生ずるものと解することができる(大審院判例昭和一〇年八月一〇日民集一四巻一、五四九頁、同昭和一三年五月二五日同一七巻一、一〇〇頁参照)。しかしながら、旧建物が存在した場合に認められるべき法定地上権の範囲は、その建物が存した本件土地の一筆全部に当然に及ぶものでなく、旧建物の利用上必要な部分に限られると解すべきであつて、控訴人の主張によれば旧建物は、木造瓦葺二階建居宅建坪一〇坪二合ほか二階坪一〇坪二合であるから、かりにこれが取毀されることなく本件土地の競落以後まで存在したとしても、よつて生ずる法定地上権の範囲は旧建物の敷地一〇坪二合のほか右建物の利用上必要な若干部分の土地に限られるといわなければならない。しかるに、控訴人は、ただ本件土地に法定地上権があると主張するにとどまり、本件土地二六一坪八合三勺のどの部分にいかなる範囲で法定地上権があるかを具体的に主張し立証するところがないから、控訴人のこの抗弁は採用するに由ないものといわざるをえない。また、前記のように、再建築後の建物にも法定地上権が及ぶとする解釈は、法定地上権の範囲を旧建物が存在した場合に認められるべき範囲に限定することにより抵当権者の利益を保護しながら、現に存する再建築後の建物の効用を維持しようとする主旨にほかならないから、旧建物の利用上必要な範囲で法定地上権を認めても、その範囲が過少であるため現に存する再建築後の建物の存立を支えるに足らず、結局は取毀し、または建直しを必要とするような場合には、現存建物の効用を維持するという意義は失われるので、再建築後の建物には法定地上権は及ばず、(旧建物が朽廃により滅失した場合と同様)前同条の適用はないものと解するのが相当である。しかして本件の場合、前示のとおり旧建物は居宅でありその敷地は一〇坪二合であるから、格別の事情の主張、立証がないかぎり、その利用上必要な面積は、その敷地一〇坪二合にその周辺若干坪を加えた面積を超えないと認むべきであるから、この範囲の地上権をもつてしては、(かりに、この地上権を認むべき位置がたまたま本件建物の存する場所にあたるとしても)第二目録記載のとおりの規模をもつ本件建物の存立を維持するにはとうてい足らないといわなければならない。(本件建物のうち便所及び廊下の坪数は右の面積を超えないけれども、これらは幼稚園舎たる教室二棟の附属設備にすぎないから独立の存立を考慮するに値しないものである。)以上、いずれにしても控訴人の法定地上権に関する抗弁は採用できないのである。
最後に、控訴人は、学校法人の設備たる建物を取毀し、幼稚園を壊滅するにいたらしめるような被控訴人の権利行使は著しく公共の福祉を阻害するから許されない、と主張する。もとより学校は公の性質をもつものでその施設についても社会的に高度に尊重されることが望ましいけれども、その建物がなんらの権原なく他人の土地の上に存する場合にこれを収去せしめることがそれだけで公共の福祉を害するものと断ずることはできない。
以上、控訴人の主張はいずれも採用することができず、控訴人は本件建物を有することにより、被控訴人所有の本件土地を不法に占拠するものであるから、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
よつて、原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 亀井左取 杉山克彦 新月寛)